世界各国の子どもたちが使う教科書を見ると,その国の素顔が浮き彫りになります.学びが自然に生まれていくような教科書からは,その国の豊かな文化と,その背景をうかがい知ることができるのです.そのような教科書を使って学び,使って育つ子どもたちは,きっと豊かな感性を身につけていくことでしょう.だからこそ「教科書をつくる(デザインする)」という作業は,子どもたちの未来を切り拓くという,とても大切で重要な仕事であると感じます. 『現代の国語』をはじめとした教科書をデザインするとき,私は常にその文章が呼吸し,生きているようなイメージを大切に作業するよう心がけています. 教科書は言語(ことば)を中心に構成されています.その言語を読み手に明確に伝えるためには,文体のリズムに合わせて一行の適切な長さや書体,文字の大きさなどを決めていく必要があります.一行が極端に長すぎたり短すぎたりしては,読み手が非常に息苦しく感じてしまいます. 俳句や短歌において,その文字数が決められているのは,読み手がひとつひとつのことばを,息を吸い・吐き・詠みあげる,その呼吸のリズムが周到に計算された結果であると考えています.こうして,読みやすい文字詰めを考えると同時に,行間にも気持ちのよいアキを作ることによって,静止した本文が語りだし,読み手の視線の自然な流れを促します.さらにイラストや写真などの図版もイメージを豊かに広げていく要素として大事なものですので,それらも吟味した上で配置していきます. 『現代の国語』においては,色使いも,三学年によって色分けするなど,本全体としての統一感をもたせています.そうして筆者の明晰な文章と明快なデザインが一つになって読み手に伝わると,互いの呼吸がぴったりと合うような深い共感を生み出します.新しい季節を迎え,日本の子どもたちがドキドキしながら新しい教科書を開き,毎日楽しく学べるよう,そして人との関係の中で日本語を身に付け,将来自ら豊かな文化を築いていけるよう祈っています.
『ことばの学び』vol.11 [三省堂/2005]掲載
タイポグラフィは絵ではありません.言葉の意味を伝える技術です.そこで,この10年間にどのような本作りをしてきたか,私の仕事を例に挙げつつ振り返ってみました. 「字通」は白川静氏の生涯をかけた漢字研究の成果です.約750万字が収められたこの本こそ私たち漢字文化圏の英知を未来へ伝える計り知れない財産だと思っています.本文は凸版CTS組版を使用し,字形・字送などを複雑に変えた細かい指定がなされています. 「中世思想原典集成(本編20巻・別冊一巻)」は,1992年から2003年迄の11年もの歳月が費やされています.しかし,全巻完結してみると,この本も,これから数世紀に渡ってどこかに残され,必ず読み継がれるものだと確信しました.私の装丁は,中世写本の様式を取り入れた古くならないデザインを目指しました.「構造主義とは何か」は,平凡社ライブラリーの一冊です.既に五百冊以上が刊行されています. 文庫本形式の出版物は,各国の出版文化の質を端的に表します.装丁も世界のレベルと遜色のないものを目指しています. 「地図で知るヨーロッパ」はハンディな地図帳です.当初この地図は,平凡社世界大地図帳の為に作られた谷村彰彦のデザインです.その時のフィルムを流用し,手を加え新しい地図帳に私が作り変えたのが,この地図帳です.谷村氏も私も,杉浦流共通言語を使っていますから,どこが自分で,どこが谷村氏かの境がはっきりしません.この地図が良質であれば,誰のデザインだろうと関係ありません. 私も谷村氏も理想と目標が同じだからです.地図帳は書体,大きさ,色彩とのバランスなど,究極のタイポグラフィだと思います. このように,私のタイポグラフィは一冊の本や,一枚のポスターから評価されるものは,何もありません.私の志すデザインは,現在から未来へ向かって文化として定着させることが願いなのですから.
『アイデア』 310号 [誠文堂新光社/2005]掲載